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姫君たちの宴

庭に生い茂る草木を、午後の陽光が柔らかく照らしている。

大きく窓をとった明るいリビングルームは、ほんの数分前まで一家団らんの場だった。

今この部屋にあるのは、壊れたティーセット、倒れた家具。そして、両親と、姉である三女、妹・五女の死体……。

 

きっかけはささいなことだった。

私が買ってきた桜餅を家族で食べようと、両親と私たち五姉妹がテーブルに集まった。

しかし父は、昼食のボルシチを食べ過ぎたため、桜餅はいらないと言った。元KGB(カーゲーベー)の工作員だった母の作るロシア料理は、いつも量が多い。

さっそく、五女が父の桜餅に手を伸ばしてきた。無競争で食べる資格があると思い込んでいるようだ。まだ高校生。趣味の天神(てんじん)明神流(みょうじんりゅう)柔術(じゅうじゅつ)に熱中する子供。食べ盛りだし、仕方ないのだろう。

だが今日は珍しく、三女が異議を申し立てた。

五女の日頃のわがままや、気配りの欠如を挙げ連ね、三女自身、幼い頃欲しいお菓子を買ってもらえなかった不満を言った。

すると今度は次女が、服がお下がりばかりだったと訴え、三十歳になる長女までもが、しつけが無駄に厳しかったと言い出した。

みんなこの時とばかりに子供時代の文句を述べ、桜餅の所有権を主張している。

……何を勝手なことを言っているのか。

赤ん坊の時の写真が無いだの、授業参観に来た母の滞在時間が短かっただの、私だって当てはまる。

そもそもこの桜餅は私が食べたくて、截拳道(ジークンドー)の修行の帰りに買ってきたのに。

 

その時、言い争う姉妹の間に割って入った父が言った。

「仲良く五等分すればいいじゃないか」

その瞬間、五人の中の何かが切れた。

三女が、常時携帯している青竜刀を五女に振り下ろした。とっさに身をかわした五女は、食器棚に飾られていたブローニングM2重機関銃(じゅうきかんじゅう)を手にし、撃った。弾は三女と父に当たり、衝撃で三女の手から離れた大きな太刀が、母の頭の上に落ちた。

長女は五女に踵落としを決め、次女はサイドボードの武器を探っている。

丸腰の私が部屋を出ると、後にした部屋から金属音や悲鳴が聞こえ、そして静寂が訪れた。

応接室に入り、飾っていたウェザビー・マグナムを抱えてリビングに戻ると、血まみれで事切れた四人が倒れていた。 長女と次女の姿は無かった。

 

みんな自分だけが損をしていると思っていた。そして自分ひとりだけ、特別扱いをされたかったのだ。女は皆、生まれながらのプリンセスだ。初めて心を開きあってよくわかった。

それがこの有様だ。

二階から物音がした。息を殺して階段の下に身を隠し、強張った指でライフルの引き金をなぞった。

庭に放置されていた九〇式(きゅうまるしき)戦車が、窓を突き破る勢いでこちらに向かってくる。

『敵』はあと二人いる。

私は戦い抜く。

一つ残った桜餅は、私が手に入れるのだ。

 

-fin-

2008.02

『五姉妹の 三人残り 桜餅』この俳句をもとにしたフィクションです。

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