虚飾(いつわり)の英雄(ヒーロー)
「じゃあ、サナさんおやすみ」
玄関先でそう言って、鷲尾(わしお)さんは帰っていった。
再会してから二か月。彼は一度も家に上がらない。建前は私の警護だけど『中条(なかじょう)さん』じゃなく『サナさん』って呼んでくれてるのに。
三年前、私は職場の男にストーキングされていた。
きっと適当にあしらわれるだろうと警察に行くと優しい刑事さんがいて、親身になって話を聞いてくれ、男を逮捕してくれた。
その刑事さんが、4つ年上の鷲尾啓司(けいじ)さんだった。
ストーカーは捕まったけど、それまでの環境を離れたくて、私は隣の県に引っ越した。平穏に暮らしてたけど、三か月前から、誰かの視線を強く感じるようになった。あの男が出所したのかも。そう思って近くの警察署に行くと、なんとそこに鷲尾さんがいた。先月、家の近くの署に転勤してきたんだって。
運命を感じた。
鷲尾さんも同じだと思う。
男は今も服役中だけど、鷲尾さんは私のことが心配だからって、私の仕事帰りに合わせて駅に来てくれて、アパートまでの道を毎日のように送ってくれる。
再来週は鷲尾さんの30歳の誕生日。
通勤以外で外に出るのは怖いから、スマホでプレゼントを探そうっと。
このネクタイ可愛い。
時計もいいな。
ペアのマグカップって、男の人は引いちゃうかな。
刑事さんは歩く仕事よね。ドラマでやってた。靴もいいかも。あ、鷲尾さんのと同じデザインの靴だ。いくらするのかな。
あれ? シークレットシューズ?
……まさかね。靴なんて大体似てるし。でも、家に上がらない理由ってこれ?
この靴9cm高くなるって書いてあるけど、もしこれを履いてるんだとしたら、本当は私と同じくらいかも?
……ちょっと待って。ストーカーも私と同じ背丈だった。当然顔は違うけど。
ストーカーの変装ってことは?
そんなバカな。だってあの鷲尾さんは、私が3年前に直接警察署に行って、会って、犯人を逮捕してくれた人に間違いない。
……でも、私は鷲尾さんのお財布に『整形』って書かれた診察券があったのを見た。ご飯をごちそうしてもらった時に、のぞいて。
ううん。出所したとしても、一度捕まった人は簡単に刑事になれないんだから、顔を変えたって、身分を偽ることはできない。
……警察署?
そういえば、鷲尾さんと再会してから、私は一度も警察署の中に入ってない。
相談に行こうと思って警察へ向かう道で、鷲尾さんに後ろから声をかけられたんだ。
だから、署の中で鷲尾さんが間違いなく刑事さんだと確認したことは一度も無いんだ。
……鷲尾さんって本物の鷲尾さん?
?
玄関から音がする。何の音? とぷんとぷん、って。
ドアポストが開いた。液体が流れてきた。なんか、ガソリン臭いんだけど……。
「きゃあああああ!」
玄関から悲鳴がした! 争ってる音もする。怖い! でも、ドアを開けてみよう。
「サナさん! 現行犯で捕えました!」
帰ったはずの鷲尾さんが年配の女性を組み伏せていた。
え? なんでこんな時間に? 私を送り届けてから4時間は経ってるのよ?
夜は寒いのに、ずっと外で見張ってくれていたの……? 私のために。
鷲尾さん、ありがとう……。
実はストーカーの男は刑務所で病死していた。
あの女性は男の母親。息子の逮捕と死が受け入れられず、原因である私を恨み、嫌がらせをしていたらしい。
『整形』の診察券は、捻挫をしたとき通院していた時のもの。
そういえば、顔を変える美容整形は『形成外科』っていうんだった。
靴は私の推理通りだった! 私は背なんか気にしないって言ったら、安心してた。次からは私の部屋でごちそうするね。
ホントは一番怪しいのは頭髪なんだけど……。
愛がある間は目を瞑るわね。
-fin-
2016.04
『男の苗字は鷲尾・女の苗字は中条』
を条件に書いたフィクションです。