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女神は沈黙す

命を絶つ為に山に入りながらも、俺の目は常にモチーフの茸を探していた。

美大を出てから20年以上、イラストやデザインの仕事で食っている。

アーティストには個性が必要だ。

俺は『茸』をテーマにすることで少しは有名だ。

だが、毎年若い奴らが続々とこの世界に入り、俺が獲れなかった大きな賞を次々に攫っていく。

若くない俺に待っている未来は、決して明るくない。

俺は荷物から、最近手掛けている、鉄で作った茸のオブジェを取り出した。

「しまった!!」

手が滑って、茸を池に落とした!

池を覗き込み、拾う方法を考えていると、池の中から美しい女が現れた。

「あなたが落としたのは、金の茸ですか。銀の茸ですか?」

「いや、俺が落としたのは鉄の……」

呆気に取られながらそう答えると、

「正直な者には全てあげましょう」

と言い、消えていった。

俺の手には、金、銀、鉄の三つの茸があった。

我に返った俺は、懐から鉄のライターを取り出し、池に落とした。

再び美女が現れた。だが、

「この池の恵みは、一人一度きりです」

と言って鉄のライターを返してきた。

 

数日後、俺は大量の自作のオブジェを持って池に来た。

弟弟子(おとうとでし)に当たる男を同行させ、俺は隠れて女神とやり取りさせた。

三種類を全てせしめると、隙を見て弟弟子を殺し、死体を近くの木の下に埋めた。

同じ造形で印象の違うシリーズ『金銀鉄』は、瞬く間に話題となった。

取材や個展で忙しい毎日。

次第に鉄の原型も弟子に造らせるようになった。

楽して大儲け。これぞ俺の望んでいた人生だ。

だが心配もあった。

あの池と死体が見つかってはまずい。

俺はあの山を買い、警備会社に池への道を監視させた。

作品のストックが無くなると、才能のある奴を池に連れて行き、殺した。

 

ある日、俺のアトリエに警察が来た。

「殺人死体遺棄で逮捕状が出ています」

 

山を買う事をネットの取引だけで済ませた俺は、買う山を間違えていたことを初めて知った。

頻繁に訪れる俺に気付いた山の本当の持ち主が、監視カメラを仕掛け、俺の犯行を収めたのだ。

思えば、全てが人任せだった。

俺がやった事と言えば、人殺しだけ。

俺は全てを失った。

fin

2018.11

『童話「金の斧・銀の斧」のように、鉄の何かを落とした場面を入れたフィクション』

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