top of page

​わかれ道

近頃勘(カン)が鈍ったな、と泉(いずみ)は感じた。

 

友人の晃子(あきこ)と約束した店で見知らぬ男が泉を待ち受けた。

晃子に電話すると、彼女の知人が泉を紹介して欲しい、というので、お膳立てした、と言う。

泉に結婚願望はなく、男を一目見て不安を感じた。だが無下にも出来ず、店を変えて話をすると、考えが改まった。

大卒で年収800万円。

40歳で性格は穏やか。

背は高く、何より顔がいい!

泉は35歳の平凡なOL。近頃、勤め先が変わったり、親が体調を崩したりと、将来への不安が重なっていた矢先だった。

完璧な彼に気後れはするが、自分を好きと言ってくれる好条件の男は、この先現れないだろう。

泉は彼に決めた。

今日は出会って一週間目。

大切な二度目のデート。それなのに。

「やだ! ストッキングが伝線した!」

「うそ! 家の鍵どこに行ったの!?」

出がけにトラブル続出。

まだ家にいると知れると恥ずかしいので、仕事で遅れると、彼に嘘のメールを送った。

てんてこ舞いの中、インターホンが鳴った。モニターに彼が映っている。

バレた!?

いや、それよりも、まだ自宅の住所は教えていないはず……。

モニターの向こうの彼がポケットを探った。

泉は咄嗟に、携帯電話を無音に切り替えた。直後、彼から着信した。1DKで鳴れば居留守がバレる所だ。泉は玄関から一番遠いクローゼットに入り、縮こまって小声で電話を受けた。

「すみません。まだ駅なんです」

「そうですか。僕もまだ職場なんで、構いませんよ」

……なぜ嘘を? 

自分の嘘を棚に上げ、泉は恐怖と嫌悪感を覚えた。

玄関のノブを激しく動かす音が聞こえる。

少しすると、今度はベランダに気配を感じた。カーテンの隙間から部屋の様子を伺っている彼が見えた。

携帯に着信があった。晃子からだ。

「晃子! 彼はどういう人!? 何で私の家知ってるの!? 今、3階のベランダから侵入しようとしてるのよ!」

電話に出るなり、泉は晃子に小声で抗議した。

「え、彼って先週の? ていうか、あの日結局会えなかったって、今さっき彼本人から聞いたんだけど。それでどういうことかと思って電話してるんだけど……」

晃子の声は戸惑いを隠せないでいる。

「ちゃんと会ったよ。細身の塩顔の人でしょ?」

「違うよ。濃い目のラガーマンだよ。……泉、誰と会ったの?」

 

勘が鈍ったのではない。目先の条件(スペック)に目が眩んだのだ。考えてみれば、完璧な男がこの歳まで残って私の前に姿を現すわけがないか。

ガラス戸の向こうの男から逃げるか、巧くやっていくか。

泉は考えていた。

​-fin-

 

 

2017.04

『限られた空間の中で起こる物語』

をテーマに書いたフィクションです。

bottom of page