回り道
ブツブツとも、バチバチとも聞こえる突然の大きな音に、私は恐怖で身を震わせていた。
外に出ていったはずの先生がすぐに戻ってきて、慌てて窓を閉めるのが、この狭いクローゼットの隙間から見えたから、突然の大雨の音だと分かった。
ホッとしたのも束の間、かなり困った状況になったことがすぐにわかった。
私はただ先生に「これ以上私にかまわないでほしい」って言いに来ただけなのに。
26歳の男から見れば高1のガキなんていいおもちゃなんだろうけど、みんなから先生との仲を冷やかされて困ってる。特にあの女。性格の悪い女からひどいこと言われたりして。私と先生は何でもないのに、ほんと迷惑なんだから。
この古びた一軒家に勇気をもって訪ねて来た。チャイムを鳴らしたけど、誰も出なかった。でも鍵が開いていたから、つい、靴を持って上がってしまった。
正直、中に興味があった。枯草だらけの庭や、殺風景な庭を見たあと、二階の先生の部屋ぽいところに入った。英語の先生のクセに日本の漫画の本ばっかり。
先生のニオイを嗅いでいたら、トイレから音がしたんで、隠れたの。
先生は出かけるのを止めたらしい。ベッドに横になってケータイをいじっている。
Tシャツ姿の先生は、学校で見る先生とは違う人みたい。ぼさぼさのアタマとか、なんか若く見えるよ。
何分ぐらいこうしてるんだろう。テレビと雨の音で私の呼吸音は聞こえないだろうけど、ずっと狭いところで体育座りはつらい。
メガネのツルが食い込んだところがかゆい。おなかがすいた。もうダメ……。
チャイムが鳴った。
先生は玄関に行った。私はクローゼットの扉を全開にして大きく息を吸い、窓の外を見た。
大粒の雨がまだ窓に叩き付けている。私は急いで再びクローゼットに潜んだ。階下の話し声が近づいてきたからだ。
あれ、この声は。
「大事な話があるのにぃ! 逃げないでよ」
あの女だ! 私に『土俵入り』なんてあだ名をつけた最悪女!
鼻の詰まったわざとらしい声を地声だと言い張ってるけど、男のいない所ではそんな声聞いたことが無い。
「雨が止んだら行くってメールしただろ!」
先生、あの女と会う約束してたの? なんで?
ずぶ濡れの女が先生に絡みついて、言った。
「あたし妊娠したんだよ? 逃げないでよね!」
酸欠だろうか。私は意識が遠くなった。
「ウソつくな!」
「ウソじゃないもん!」
曇ったメガネの向こうに激しく言い争う二人がいる。
次第に女が先生を叩き始めた。二人はもみ合い、そのうち先生の両手があの女の首を掴むと、女は動かなくなった。
しばらく呆然としていた先生は、女を置いて部屋を出た。
私も1時間ぶりに広いところへ出て、先生を追った。
1階へ降りると、雨に打たれながら、庭の花壇をスコップで掘り返す先生を見つけた。
パシャ。
その姿を写メった音で、先生は私に気が付いた。
そんなに怖い顔で見ないでよ。
パシャ。
バカな先生。私が相手をしてあげなかったから、あんな女に引っかかったんだね。
仕方ないから片づけるの手伝ってあげる。ホラ私、力あるし。
だからもう、人前でじゃれるのはやめようね
-fin-
2009.08
『プチプチ(緩衝材)を潰したときの音や感触からイメージを膨らませる』
をテーマに書いたフィクションです。