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進化の過程

私が通った、名古屋にある六反幼稚園は、年少と年長がそれぞれ2クラスという規模の園だった。

十二月。クリスマスの話題が飛び交っていたある日。年長さんである私たち月組と、もうひとつの星組の子供たちが、お遊戯室という、ちょっと広めの部屋に集められた。

出入り口を囲むように、コの字型に並べられたたくさんの椅子に、我々四十名弱の子供たちが座らされ、数分の間、何かを待たされた。

 

私はひとりで焦っていた。これから何が起こるのか、さっぱりわかっていなかったからだ。

もしかしたら説明はあったのかもしれない。

いや、あった。

お遊戯室へ移動する前に、先生が何かを言っていた。だが私には、人の話を聞いている時、その人の発した言葉のひとつから、空想の世界へと意識が旅立ち、妄想の世界で数分過ごしたあと、現実の世界へ帰る、というやっかいなクセがあった。

この時も我に返ると、みんなが教室を出ていくので、あわてて後をついていっただけなのだ。

 

座ったまま退屈した子供たちが、ぺちゃくちゃお喋りを始めた。

聞いていると、どうやらみんなも、ここへ集められて理由は知らされていないらしい。

自分がひとり、取り残されているわけじゃないと分かって安心した。

と、突然、女の先生が大声で言った。

「みなさーん。今日はなーんと、サンタクロースのおじさんが、みんなにプレゼントを持って、やってきてくれましたよー!」

お遊戯室の扉が開き、赤と白の服を着て、白いひげをつけた男の人が入って来た。そして、持っていた白い袋から色んなおもちゃを取り出し、ひとりひとりに手渡していった。

みんなは大喜び。私はトランプを貰ったが、またもや状況が飲み込めずにいた。

この人は一体誰なのか。今、一体何が起こっているのか。ひとりで混乱していると、他の園児たちが、

「あれ園長先生だよ」

「園長先生だよ」

「園長先生がサンタのかっこしてるんだよ」

と、口々に言っている。その時、私はやっとすべてのことが理解できた。

そうか。今日は、クリスマスと言う、大人がサンタという人物になりすまし、子供に物をあげるというお祭りの日なんだ、と。

その日まで私は、サンタクロースもクリスマスも知らなかった。

知った瞬間「無いんだ」と知った。

 

冬が来るとこの日を思い出す。

不思議とトラウマになっていないのは、先生たちが真剣に、子供たちを喜ばせようとしてくれていたのが、子供心にわかったからではないかと思う。

むしろあの日は、私がサルのようなただの子供から、考えるヒトに進化した、誕生日だったのかもしれない。

あれから二十数年が経つ。意識が突然旅立つクセはまだ治らない。

 

-fin-

2007.12

『町内の祭り・先祖神の祀り』をテーマに書いたエッセイです。

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