top of page

未来名物なみなみ

三年前、個人が主催する、フランス料理のテーブルマナー講習というものを受けた。

魚の食べ方、グラスやカップの持ち方、ナプキンの使い方など、綺麗で美味しい料理を食べながら、十名程の受講者たちと共に、楽しく学んだ。
その一年後、二ヶ月間ホテルでアルバイトをする機会があった。その時もテーブルマナーについて少し教わったが、マナー講習で受けた内容とは少し違っていた。

マナー講習では、ハンドバッグは椅子の背もたれの間か、左の足元に置くのがいいと教わったのに、ホテルでは足元に置くなんて、バッグが汚れる、けしからん! と言われた。

他にも、講習で利用したレストランでは、客の左側から給仕し右側から皿を下げるスタイルだったのに対し、ホテルでは全てを左から行っていた。
フランス料理なんてなんとなく偉そうなものは、全ての行動が統一されているものだと思っていたのに、そうでもなかった。風潮により、変化していくものらしい。
万人が同じ価値観を持つことはありえない。価値観の異なる人々が、お互い快適に過ごすため、マナーやエチケットというものが存在するのだと思う。しかしその共通認識が違っていたら、良かれと思ったことに、気分を害されてしまう恐れもある。


先日外で、『ひつまぶし』というものを初めて食べた。鰻の蒲焼を細切りにして、ご飯に混ぜる、名古屋の名物料理だ。

あれはまず、鰻の混ぜごはんとして食べて、後で薬味や白だしを入れてお茶づけとして楽しむ料理だった。

とてもおいしかったので、家でもやってみようと思った。だが、もしこの食べ方を知らず、手料理にいきなりこんな加工をされたら、怒りまくるのは私だけではないだろうな、と思う。


たとえ作り手の許可があったとしても、世間が認知していなければ、ただ品のない、自分勝手な食べ方としか映らないだろう。

マナーがマナーとして知られていることは重要だ。


五年以上前のこと。当時居た職場で仲間とくつろいでいた時、私がみんなのカップにコーヒーを注いだ。その中のひとりに、

「あやちゃんって、コーヒーをなみなみと注ぐねんなあ」

と言われ、驚いた。
確かに、家で私はお茶でもコーヒーでも、カップの九分目までしっかり入れる。時には表面張力限界まで。そういえばお店で出されるコーヒーは、七分、多くて八分目ぐらいしか入っていない。

運ぶ時こぼれないように? 砂糖やミルクを入れるスペース確保? 見た目のバランス? その全てが理由なのだろう。
指摘されて初めて気が付いた。私はコーヒーをなみなみと注ぐ女。責められたわけではないが、きっと下品と感じる人もいるだろう。実際私が意地汚いだけなのだが。


もし私がカフェを開くとすれば、これを売りにしてみてもいい。

なみなみコーヒーもアリと世間が認知すれば、これが定番。マナーに反することはない。


この先、何が常識になるかわからない。 


fin-

 

2010.05

『気になるマナー』をテーマに書いたエッセイです。

bottom of page