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暁の冒険者

焼けつく太陽の下、少年は荒野に座り込み、とっくに見えなくなった街の方向を振り返った。遠くに見える隊商(キャラバン)に助けを求めようとしたが、報酬目当てに城に連れ戻されてはたまらないと、思い留まった。

水筒代わりの硝子瓶を見つめると、少年は再び灼熱の中を進んだ。

王(サルタン)の息子の中で少年は、褐色の肌の、一回り歳の離れた勇ましい兄とは違っていた。

白く柔和な面立ち。薔薇色の頬。澄んだ黒い瞳には、若さに似合わぬ孤独を湛(たた)えていた。
従者と賑わう城下街を歩いていると、この国の者ではない男を見つけた。

多様な人々の行きかうこの街で、異国人はさして珍しくもないが、少年は何故かその男から目が離せないでいた。男も少年の高貴な出で立ちを見てか、おもむろに近づき、片言ながら親しげに言葉を交わした。聞けば、永遠の真理を求めて旅を続けていると言うが、十歳の少年には意味がわからない。だが男が懐から出した、筆を納めた四角く細長い箱に、少年の目は吸い寄せられた。

男が西へ去ると従者が、「あれは太陽の昇る国から来た者です」と言った。
城へ帰り兄に聞くと、その国は砂漠のむこうの、海をさらに越えた東の果てにあると教えられた。その言葉は、少年の心の欠けていた部分を埋めた。

少年は意を決した。
その夜、壺の並ぶ油商人の荷馬車にこっそり乗り込み、少年は城門を出た。

商人がラバに水を飲ませるため泉へ向かった隙に、少年も荷台から離れた。

城と街で育った少年は、この時初めて世界の広さと厳しさを知る。

陽が傾きかけた頃、少年は点在する草原の木陰にどうにか辿り着き、夕焼け色の箱を開けた。布のような手触りの、分厚い紙が貼られた長細い箱は、旅の男が持っていたのと同じ物。それは少年の母の形見だった。
幼い頃、イスラムの僧侶に拾われた異国人の母は、街へ来た後、妃を失った父に見染められた。だが故郷(ふるさと)を想いながら、幼い少年を置いて病で死んでしまった。

この箱は母が唯一、生国から持ってきた私物だという。
少年は、亡き母の温もりを帯びた箱に、部屋にあった砂糖菓子を入れていた。ひとつ摘んでほお張り、水を飲む。

一息入れたら出発するつもりが、瞼の重さには勝てなかった。

 

月夜の砂漠で眠る少年は、馬上の人となっていた。

逞しい腕の主(ぬし)は、少年を起こさないよう優しく抱き留め、ゆっくりと手綱を捌く。弟の姿が見えない為、母の面影を追ったのだと思い至った兄が探しに来たのだ。

城の天蓋(てんがい)の付いたベッドへ、小さな勇者を横たえる。

目覚めた時、夢の出来事だったと思うだろうか。それとも再び飛び立つか。

昔々のお話。
 

​-fin-

 

 

2010.08

『貼箱』

をテーマに書いたフィクションです。

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